神田の古書店街をブラブラ歩いてた。
三省堂で本を探しに探し、一階のレジへの行く途中。エスカレーターから、すぐのところに、三島の顔写真があった。
三省堂で本を探しに探し、一階のレジへの行く途中。エスカレーターから、すぐのところに、三島の顔写真があった。
近ごろの日本は、きな臭い。
しかも、プラスチックが溶けたような、いやに人工的な、妙なものだ。
その一種かと思いながら、棚を見た。
「命売ります」
手に持っていた、澁澤龍彦の本を置いた。
帯の商業的文言を一瞥。
アメリカに長く居たせいか、商業的な文言を見て「またまたー」と突っ込む癖が付いてしまったようだ。
しかし、日本の商業主義は、まだまだ良心的な人々によって支えられていると感じた。
しかも、プラスチックが溶けたような、いやに人工的な、妙なものだ。
その一種かと思いながら、棚を見た。
「命売ります」
手に持っていた、澁澤龍彦の本を置いた。
帯の商業的文言を一瞥。
アメリカに長く居たせいか、商業的な文言を見て「またまたー」と突っ込む癖が付いてしまったようだ。
しかし、日本の商業主義は、まだまだ良心的な人々によって支えられていると感じた。
本作の始まりはこうだ。新聞の活字がみんなゴキブリになったため、ふと自殺を思い立ったエリートサラリーマンの自殺未遂から始まる小説だった。完全なる出オチ。
出オチは、私の大好きなオチだ。
私は気に入ったので、一冊取って、レジへ行った。
出オチは、私の大好きなオチだ。
私は気に入ったので、一冊取って、レジへ行った。
電車の中でイソイソと読んだ。
家に帰ってベッドの中でも読んだ。
家に帰ってベッドの中でも読んだ。
「ライフ・フォア・セイル」
この文字を読んだ時、三島の声が頭の中で響いた。
彼の動画をYoutubeで見たことがある。
彼の知性に富んだ、そして頭から押し出されるようなしゃべり方。
そんな彼の声が、聞こえてくるようだった。
彼の動画をYoutubeで見たことがある。
彼の知性に富んだ、そして頭から押し出されるようなしゃべり方。
そんな彼の声が、聞こえてくるようだった。
私の目が文章を取り込むに従って、彼が読み上げる。
軽快な心持ちで余生を過ごす自殺者が抱く、その軽快な心持ちから生ずる生への執着を、合成された三島の声で私は一人楽しんだ。
軽快な心持ちで余生を過ごす自殺者が抱く、その軽快な心持ちから生ずる生への執着を、合成された三島の声で私は一人楽しんだ。
こんな本の楽しみ方もあるのかと、新たな発見だった。
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